ドイツを含むヨーロッパにおいては、日本のような長期的、あるいは終身雇用的、といった文化はあまりなじみがなく、むしろ「job hopping」と呼ばれる転職文化で知られ、ドイツ人の半分以上が転職に積極的であると言われています(Ref. Pressportal)。

この事情は、ドイツの日系企業で働くドイツ人従業員にも当てはまり、度重なるドイツ人従業員の離職は人事担当者の頭痛の種となります。

日系企業で働くドイツ人従業員は、どのような理由が引き金となって会社を去っていくのでしょうか?今回は、ドイツ人従業員のよくある離職の理由と、その対処方法について解説をおこないます。

ドイツ人はどんな理由で離職する?

引用もとにより理由は多少異なりますが、大きく分けて、以下のような理由が、ドイツ国内における「離職」の引き金になることが挙げられています(Ref. Welt.de)。

  • 給料に対する不満
  • 職場の不公平感
  • 仕事内容に関する不満
  • キャリアアップに関する不満
  • 仕事環境に対する不満

特にドイツ人は仕事に対するプロ意識とプライドが高いため、自分の仕事や成果が正当に評価されていないと感じると(給与、待遇の不公平感、キャリアアップ機会の欠如)、仕事を離職する傾向にあります。

今回は、これらの事由が日系企業で働くドイツ人にはどのように当てはめられるのか、実際の事例も交えて解説していきたいと思います。

賃金に対する不満

日系企業で働く多くのドイツ人従業員が不満に思うことの一つで、かつ最大の離職理由になりうるのが、「賃金に対する不満」です。

ドイツにおいては、「自分の仕事評価すなわち適正な賃金評価である」という考え方があり、それゆえ人事面接に際しても億面無く自身の給与アップを求める交渉をおこないます。

多くの日系企業において、いまだに日本的な人事制度を踏襲する部分が多く、賃金評価は「年を追うごとに増えていく」式で、ドイツの成果に応じて上がったり下がったりする評価制度に比べると安定している反面、賃金が上がりきるまで時間がかかる側面があります。

„ドイツにおいては、大学院卒業者の賃金は学部卒生と比べて高いのが普通だけど、日本の人事の人たちはあまりそれを評価してくれない“(ドイツ人インターン)

最初はみんな安い賃金からスタート。後から段々高くなっていく。昇給のスピードがゆっくりで、他の大学の同級生たちと比べると、やっぱりあまり貰っていない気がする“(ドイツ人従業員)

一方で日本企業側にも事情があり、すでに確立した給与制度がある場合、ドイツだけの人事システムを変更するわけにはいきません。

そのため、考えうる日系企業側の解決方法としては、賃金以外の部分でのフォローアップが挙げられます。具体的には、賃金は既存のテーブルを用いるぶん、その他(研修制度、出向制度)をフル活用し、研鑽の場を社員に与える、といった方法です。

もう一つは、そもそも面接の段階で「長期的な目線での人事システム」に同意する、あるいは適合する性格を持っていそうなドイツ人を採用する、という方法です。

ドイツ人はキャリアや賃金に敏感である一方で、中には以下のような者もおり、一概にすべてのドイツ人が賃金のみを求めているとは言えません。

むかしはアメリカの企業で働いていたことがあったけど、成果に応じて給料が上がったり下がったりして、あまり安心して仕事できなかった。日本の場合は、よくも悪くも給与も雇用保証も安定していて、自分の性格にあって仕事ができると思う“(ドイツ人従業員)

ドイツ人は「キャリア志向が強く」「短期的に高賃金を求める」傾向にありますが、一概にすべてのドイツ人がそういった特徴を持っている、というわけではなく、中には日本人的な長期的目線でのマネジメントを好む者もいて、そういったドイツ人従業員は賃金の多寡にかかわらず日系企業を離職しづらいというデータがあります(日系企業に適したドイツ人の性格)。

解決方法

  • 賃金以外の側面でのフォローアップ(研修制度等)
  • 性格的に、長期的な人事制度を好むドイツ人の採用

不公平感(賃金格差など)

他の社員との扱いに対する不公平感に対して、プライドの高いドイツ人はセンシティブな反応を示します。具体的には、日本人駐在員とドイツ人(あるいは現地採用の社員)との扱いの差がトリガーになることが少なくありません。

以下のような場面において、ドイツ人社員は不公平さを感じ、離職やモチベーションの低下をもたらします。

  • 駐在員との賃金格差
  • 駐在員との手当格差(住宅補助等)
  • 駐在員とのキャリア格差

日本から送られてきた若い社員は住宅も手当されるし、交通費も保証されてる。自分は同じ年齢だし、別の都市から出てきて、仕事の内容も同じなのに、なんでこんなに給料手当が違うんだろう“(ドイツ人従業員)

賃金格差・手当格差に関しては、駐在員の現地での生活を保証するうえで必要な補償と見なされることが多く、現地の不満とバランスをとることが難しいとされる項目の一つです。

そのため、「駐在員と現地の社員とのコミュニケーション」を密にとることでこの「不満」を解消する、「相互理解」を軸とした不公平の解消方法が、グローバル人事のフィールドではたびたび推奨されています(Bonache et al, 2009)。

駐在員のように海外に住むことが金銭的・精神的にタフであることは、このように密なコミュニケーションによって現地社員の胸に落ちる感情的な側面が強く、上述した通り、日ごろのささやかなコミュニケーション(挨拶、仕事以外のトピックでの声掛け、等)がこうした不満解消に大きく役立ってきます。

解決方法

  • 社員間の密なコミュニケーション
  • 理論的な説明(なぜ駐在員は手当が多いのか)

仕事内容上の不満

ベルギーの作家、アメリー・ノートンは、自身の日系企業で働いた経験をもとに「畏れ慄いて」という自伝小説をしたためました。その中で、アメリー自身数か国語を話す才女であるにも関わらず、旧態依然とした日系企業の中では「お茶くみ」の役割しか与えられなかったと赤裸々に訴えています。

こうした、いわゆる外国人人材の「不適材適所」の人事は、特にキャリアアップを重んじ、仕事の分業制を良しとするドイツ人従業員には致命的な問題に思えます。

„自分の専門性を活かせない“、„簡単な仕事しか与えられない“というのは、ドイツ人のプライドを大きく傷つけるのです。

とはいえ日系企業側にとっても、いきなり初めから重要な役割を与えたり、日本語専攻の学生にマーケティングやBusiness Developmentなどの分野で重い役割を与えるのが難しい、という立ち位置にあります。

仮に仕事上で足りない知識や経験がある場合、長期的なプランを用意し、会社側から社員側に対して「こうした知識を身につけたら、こうしたポジションを与えるよ」と、明確に示してあげる必要があります。

具体的なキャリアパスのプロセスに関しては、以下の項で解説します。

解決方法

  • 明確なキャリアパスの提示
  • 研修、プログラムの提供

キャリアアップの壁

1980年代、日系企業のキャリアパスには、外国人には乗り越えがたい人事上の壁「Rice Paper Ceiling」が横たわっていると揶揄されました(Bartlett and Yoshihara, 1988)。

つまり、ドイツなどに拠点を構える日系企業であっても、重役は日本人で占められ、現地採用者(ドイツ人など)には昇進のチャンスが与えられないという問題です。

日系企業の弛まぬ努力により、多少なりともその傾向は解消されたとはいえ、いまだに先進国の中で日系企業の中の「重役に占める自国民族の割合」は、群を抜いて高い状況にあります(Harzing, 2010)。

こうした日系企業の持つ自国民族的な人事傾向は、現地採用者のモチベーションを下げ、とくにキャリアアップに対し熱意を持つドイツ人たちの離職へとつながっていきます。

以前の日本人の上司が日本に帰国すると、今度は別の日本人が本社からやってきて、いつまでたっても昇進のチャンスがドイツ人に与えられない“(ドイツ人従業員)

また、単なるキャリアアップだけでなく、研修、知識の集積、責任感のある仕事、といった側面で企業のバックアップを期待するドイツ人たちにとっても、日本企業の「日本人びいき」の人事制度はあまり面白くなく映ることがあります。

最初、日本の大きな企業に入るとき、ここでいろいろと学べると思ったんだ。本社に研修に行ったりね。でも、実際にここでおこなったことと言えば、この小さな支店内でぐるぐると同じ仕事を行ったり来たりすることで、あまり思ったような研鑽を積むことができなかった“(ドイツ人従業員)

こうした現地採用者を将来の現地拠点の柱として育てる試みは、多国籍企業の間で「Global Talent Management」として知られ、日本企業が大きく遅れている分野だと言われています。

以前のコラム内でふれた通り、本格的に現地人材を「将来の支社長」に育てるには、単に現地拠点の努力だけでなく、本社との連携、5年後、10年後を見据えた長期的な戦略が必要になってきます。

解決方法

  • 日本人若手社員を「研鑽」目的でドイツに駐在させ、お互いの理解を図る
  • 本社を交えた「国際人事」の明確な戦略化と、プログラムの選定
  • 「タレントマネジメント」の明確化

コミュニケーション不足

最後に、直接の原因にはなりませんが、上述のような問題を助長する原因の一つとして「コミュニケーション不足」とそれによって齎される「お互いの文化の誤解」を挙げます。

ドイツにあっては、職場の人間関係は日本ほど密接なものが求められない一方で、やはり一定レベルでの交流がお互いの不満や心理的な隔たりを解消するのに役立ちます。

„日本人の社員は挨拶も全部英語か日本語。別にドイツ語を勉強しろとは思わないけど、「Guten Morgen(おはよう)」くらい声かけてくれてもいいのに。“(ドイツ人従業員)

日本の文化に興味があったから日本の会社に入ったんだけど、日本の社員とコミュニケーションする機会がないね。日本人はみんな日本人同士で固まって昼飯にいく“(ドイツ人従業員)

特に日系企業に入るドイツ人は、元々日本、あるいはアジア、海外の文化に興味のある人材であるケースも多いです。そのため、こうした異文化交流の機会を喜ぶ従業員も多いのですが、日系企業内にあってはお互いのグループ同士で固まってしまうことが多く、交流の機会が芽生えません。

ささやかなことですが、挨拶、仕事以外のちょっとした声掛け、あるいは年に1~2回程度の会社負担の交流会(日本食パーティ、BBQパーティなど)の開催も、お互いのわだかまり(賃金上の不満、キャリアパスに対する不安、労働環境上の不満、等)を解消することに大きく役立つかもしれません。

Reference

  • Bartlett, Christopher A., and Hideki Yoshihara. “New challenges for Japanese multinationals: is organization adaptation their Achilles heel?.” Human Resource Management 27.1 (1988): 19-43.
  • Bonache, Jaime, Juan I. Sanchez, and Celia Zárraga-Oberty. “The interaction of expatriate pay differential and expatriate inputs on host country nationals’ pay unfairness.” The International Journal of Human Resource Management 20.10 (2009): 2135-2149.
  • Harzing, Anne-Wil, and Ashly Pinnington, eds. International human resource management. Sage, 2010.