高度な工業力を武器にEU経済牽引の原動力ともなっているドイツ経済ですが、その核ともいえる輸出高の70%は名の知られていないドイツの中小企業によって占められています。
メディア露出や最終顧客市場での認知度が低いながら、ドイツ経済・EU経済を下支えするドイツの中小企業たちは「隠れたチャンピオン」と呼ばれ、その成功の秘訣に注目が集まっています。
今回の記事では、このドイツの「隠れたチャンピオン」の意味と生存戦略について詳しく解説をおこないます。
ドイツ経済を支えるHidden Champion(隠れたチャンピオン)
「隠れたチャンピオン」とは、ドイツの大学教授・経営コンサルタントのハーマン・サイモンによって1990年に提唱されたコンセプトで、特定のニッチ分野で世界シェア(特に上位3位までを示すことが多い)を担う企業を指し示します。
世界的なシェアを握る企業の中でも、「隠れたチャンピオン」が言及するのは名前の知れた大企業ではなく、売上30億ユーロ以下の一般消費者には知られることの少ない中小企業です。提唱者であるハーマン教授は、この「隠れたチャンピオン」の存在こそが、ドイツの輸出、ひいては良好な経済を牽引する原動力であると結論づけました。
隠れたチャンピオンの定義
- 特定の分野における上位3位までのマーケットシェア
- 年間売上30億ユーロ以下(文献によっては50億ドル基準)
- 一般的に周知されていない中小企業
ドイツにおいて、特にこの定義に当てはまりやすい業態は「製造業」であり、その中でもドイツのお家芸である「製薬」「化学」「機械工学」などの分野に多いとされています。興味深いことに、人口一人当たりに対する「隠れたチャンピオン」の企業数はドイツ・オーストリアといったドイツ語圏で圧倒的な割合を占めており、まさに独擅場といえる状況が続いています。
世界各国における「隠れたチャンピオン」の企業数
国名 | 隠れたチャンピオン数 | 人口100万人当たりの割合 | |
1位 | ドイツ | 1573社 | 18.9社 |
2位 | アメリカ | 350社 | 1.57社 |
3位 | 日本 | 283社 | 2.25社 |
4位 | スイス | 171社 | 19.6社 |
5位 | オーストリア | 171社 | 19.2社 |
6位 | フランス | 111社 | 1.65社 |
7位 | イタリア | 101社 | 1.72社 |
8位 | 中国 | 97社 | 0.068社 |
9位 | イギリス | 74社 | 1.17社 |
10位 | オランダ | 38社 | 2.23社 |
「隠れたチャンピオン」の生存戦略と優位性
ドイツにおける中小企業の隠れた成功の事由は、世界各国の経営コンサルタントや中小企業の研究の的になっています。特にドイツの地方企業が多いことから、地方創生や知名度の低い中小企業の人材雇用のヒントに繋がるのではないかと、研究者の注目度も高まっています。
垂直統合型経営
ドイツの「隠れたチャンピオン」に共通するポイントとして、核となる技術は内製化し、垂直統合経営(サービスや財を自社で川上から川下まで一貫して開発できるインフラが整っていること)が可能であることが挙げられます。
一つの技術や製品カテゴリに特化し、社内の金銭的・人的リソースの大半をそこに投入する「選択と集中」の究極系ともいえるやり方によって、ドイツの中小企業は世界を舞台に戦える優位性を身につけていると言えます。このやり方は、自社のリソースを一点に集中させて効果を最大限に発揮できる一方、その市場が危うくなると会社自体が存続の危機に立つリスクを孕んでいます。
逆に、自社の核とならない分野に関してはアウトソースに寛容であり、場合によっては社内に税務・法務の担当を置かずに外注する隠れたチャンピオンも散見されます。
輸出特化型のビジネスモデル
上述の「特別な市場に一点集中し、持てるリソースを全てつぎ込む」手法によって、ドイツの中小企業はニッチな市場における王者の座を獲得してきました。このやり方のデメリットは市場規模が非常に小さいことであり、特にドイツの顧客を相手にしているとすぐに売上の限界点に達してしまう点です。
そのため、一点特化型のビジネスによって成長を続けるには、ドイツだけでなくEU諸国、ひいては世界各国への展開を考えていく必要があり、こうしてドイツの「隠れたチャンピオン」たちは半ば必要に迫られて輸出志向型に移行していきます。この過程で、商社や輸入業者に依存するのではなく、中間マージンを省き直接輸出できるよう企業自らが海外展開していくノウハウが磨かれていくこととなります。
また別の視点では、Aktiv紙がこのドイツの中小企業群の海外志向を、歴史的な背景に結び付けて説明しています。神聖ローマ帝国の崩壊以降分断国家であったドイツという国の中で、各地域の起業家(例えば、バイエルンやハンブルグ等)は、他の地域とのビジネスをおこなう際に「国際的な」観点から実行する必要がありました。実際、ドイツ関税同盟の発足以前、分断された各ドイツ領邦内でのビジネスには関税の支払いや通関を通る必要があり、この文化がドイツ中小企業の「国際化」を促したと言われています。
長期的な視点と従業員教育
アメリカやドイツの大企業のように、株主主導で短期的な収益の求められる経済構造ではなく、家族経営で長期的に人材育成の行えるドイツの中小企業ならではの特殊な土壌が、社内の特異な技術とポジションを磨くのに役立っています。
長期的な経営視点はすなわち、生え抜きの従業員に時間とリソースを割いて長期的に教育できることに繋がります。ハーマン教授の調べによると、隠れたチャンピオン企業は従業員の教育にかける費用が平均値と比べて50%も高く、結果としてその分野における代替不可能な技術やノウハウを自社内で製造できることに繋がっています。
こうしたドイツの隠れたチャンピオンの強みや戦略は、ドイツ市場に進出している在独日系企業もお手本とするところが多く、独自の人材育成や長期的な視点での経営に注力してきています。その中でビジネスの核となるのが、短期的な海外駐在員ではなく、長期的にマーケットにコミットすることができる「現地採用日本人」の人材であり、2024年現在その需要がさらに高まりつつあります。