一昔前まで、多国籍企業の現地拠点は本社から送られてくる駐在員によってマネジメントされることが一般的でした。
時代の流れとともに国際人事の潮流も変わりつつあり、駐在員コストの削減や、より密接な拠点の現地化を目指し、多くの多国籍企業が駐在員システムに変わる新たな人事システムの確立を模索しつつあります。
今回のコラムでは、多国籍企業における駐在員制度の変容と、従来の駐在員制度に代わる新たなシステム、現地人材の採用のメリットを紹介していきます。
駐在員制度に訪れた変化とは
現在の駐在員制度とその目的を30~40年前のそれと同等に扱うことはできません。時代の流れと技術の進化は、現地拠点の運営方法に大きな変革をもたらしました。
インターネットの普及は、本社からのビデオ通話やメールによる統制を可能にし、かつてのように大規模な本社人材派遣による現地の統制が求められることは少なくなりました。
飛行機等の交通網の発展により、現地に長い間留まらなくても、本社から年に数回現地に訪れるほうがコストパフォーマンスがよいケースが増えつつあります。
世界規模での人材のボーダーレス化により、駐在員の派遣以外にも、現地人材の採用、他国からの出向、あるいは本社の国籍を保持しつつ現地に溶け込んだ人材の採用、という選択肢が新たに登場しました。
こうしたグローバル規模での時代の流れとともに、かつて会社規模で大掛かりな予算と部署が設けられた海外駐在員の制度は、よりスリム化され、かつ現地化を目的として運営できる選択肢の幅が増えるようになりました(Dunning, 2009)。
駐在員の目的はどう変わったか
さて、上述のような多国籍企業を取り巻く環境変化にともない、駐在員の持つ役割そのものにも変化が訪れました。
駐在員制度の基本的なコンセプトは、以下の3つに大別されます。
- Control Role (現地拠点のマネジメント)
- To fill positions (現地拠点への技術・ノウハウの提供)
- Management development (駐在員のマネジメントスキルの向上)
(Groysberg et al, 2011)
1980年代、これらの駐在員の役割の中で大半を占めていたのは「現地拠点のマネジメント」です。すなわち、成熟しない、あるいは文化的に本社と大きく差異のある現地拠点を、本社から送られた駐在員の力で統制する、という役割です。
多国籍企業による現地運営にスキームが確立され、マネジメント体制がいったん軌道に乗り始めると、次第に本社直轄の現地統制の意味合いは薄れていきます。
こうして、駐在員の役割は、現地が「本社の出先」の域を脱すると、次第に現地が独り立ちするためのノウハウの提供にとって代わります。
さらに現地拠点の独立独歩の体制が整うと、今度はむしろ駐在員自体が、国際マネジメントや異文化ビジネスを経験する練習の場として、現地拠点が活用されるようになり始めます。
こうした役割の変化は、同時に、駐在員選出のプロセスにも大きな影響を与えるようになりました。
かつての「現地拠点のコントロール」を基軸とした駐在員制度の場合、基本的に本社から現地拠点へと送られる駐在員は「年配」「既婚者」「男性」というプロフィールであるケースが大半を占めていました。
こうしたケースでは、会社側は配偶者や子供とともに現地に送り込み、その滞在費用を負担する、という形で滞りなく運営をおこなっていましたが、女性の社会進出や若手の経験の場として現地拠点が活用されるにともない、こうした駐在員像は一元的なものではなく、多様化したケースに対応せざるを得なくなりつつあります。
駐在員が女性であるパターン、未婚であるパターン、配偶者が別の職業を持っているパターン、両親の介護をしなくてはいけないケースなど、あらゆるパターンを想定しなくてはいけないため、本社からの人材選抜には頭痛の種が増えつつあります。
新たな国際人事マネジメントの形式:現地人材の採用とは
上述の「国際的な移動の容易化」という人材の動きの変化と、「駐在員の役割の変化」という需要の変化が組み合わさって生み出したのが、「現地に移住した本社国籍人材の採用・育成」という新たな選択肢です。
そもそも、国際人事に携わる会社を常に悩ませていた問題が「現地のコントロールと現地化」のバランスでした。
すなわち、現地化しすぎると本社の意向が伝わりづらくなる、本社の統制を強めるほど現地化が遅れるという二律背反に、多くの多国籍企業が頭を悩ませてきたのです。
この現地化と本社意向のスムーズな伝達の両立は、本社側が現地の仕組みや文化を知悉することと、現地側が本社の意向を正確に理解することとで成り立ちます。特にこの両立は、文化的な差異が顕現するようなコンテキストでは(ドイツに設立された日系企業、中国に設立されたアメリカ企業、等)難しいとされ、これが今まで多国籍企業が長らく駐在員を本社から送り続けた原因の一つでもありました。
一方で、駐在員の任期が3~4年である以上、駐在員幹部が永続的に現地拠点の管理をおこなうことは難しく、どこかのタイミングで「親離れ」を行わざるをえないのが実情でした。
こうした「現地化と本社意向のバランス」を担う役割として、昨今注目を集め始めているのが、ドイツの現地社会に溶け込んだ日本人、あるいは日本の文化的バックグラウンドを持つ者たちの採用です。
上述の通り、国家間移動の容易化(ビザ要件の簡易化、ワーキングホリデービザの普及)は、多くの日本人に欧州移住のチャンスを与えました。
時代の潮流に乗り、日本人でありながらドイツの大学・大学院を卒業するもの、新卒でヨーロッパに渡りそこで長らく仕事経験を積んだもの、あるいは日本の大学を卒業したドイツ人や中国人など、日本の本社と欧州の現地拠点の文化的差を埋めるうえでキーとなりうる人材が、ここドイツにあっても増え始めたのです。
こうした「現地(ドイツ)文化に親しんだ日本人人材」には、以下のようなメリットが見受けられ、新たな人材戦略の軸と見なす会社も少なくありません。
- 英語に堪能である
- 現地語(ドイツ語、フランス語、等)に堪能であるケースが多い
- 現地の文化に溶け込んでいる
- 日本のビジネス文化に馴染みがある
- コスト面で支出を抑えられる(駐在手当等の不要)
- 長期(永続)的に現地に在住する意向がある
新たな時代に適した現地採用組のメリットを鑑みて、かつてはアシスタント的な役割に終始していた「現地採用組」を、将来の現地幹部候補として育成するようなケースも増え、そのプレゼンスは増しています。
こうした「ドイツ文化に精通した」「ドイツ長期滞在を希望する」人材と日系企業の橋渡しを、Career Managementは得意とし、1999年の創業以来1700人を超える現地人材を、独自のパイプを活かして日系企業に紹介してきました。
従来の駐在員制度の機能(現地のマネジメント、ノウハウの伝達、駐在員自身のスキルアップ)が残される一方、一部の機能が新しい人事スタイル、すなわち現地の日本人人材によって補填されるケースが増え、ドイツにおける人事マネジメントの多様性は益々興味深いものになりつつあります。
Reference
- Caligiuri, Paula, and Jaime Bonache. (2016) “Evolving and enduring challenges in global mobility.” Journal of World Business 51.1: 127-141.
- Dunning, John H. “Location and the multinational enterprise: John Dunning’s thoughts on receiving the Journal of International Business Studies 2008 Decade Award.” Journal of International Business Studies 40.1 (2009): 20-34.
- Groysberg, B., Nohria, N., & Herman, K. (2011). Solvay Group: International Mobility and Managing Expatriates