大学卒業者の約40%強が大学院に進学するというドイツでは(日本は約10%前後)、修士課程は学士課程の延長のように考えられることが多く、特に専門性を身に着けたい学生にとっては当然修めるべき学位のように捉えられています(科学技術・学術研政策研究所調べ)。
国際色豊かなコースを開講し、学費も安いことから、国内のみならずアジア・アラブ諸国などの留学生にも広く門戸を開き、ドイツ就職の際の登竜門のように扱われることも少なくありません。世界大学ランキングのヨーロッパ部門では、ドイツはイギリスに次いで欧州二位の名門大学を輩出しており、年々そのプレゼンスを高めています。
こうした国内外に周知された魅力的な大学システムを設けるドイツですが、日本人がこの「ドイツの修士課程」を卒業するメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。卒業後にドイツに留まり「ドイツ就職すること」との関係性に着目しながら、ドイツ大学院に通うことのメリット・デメリットを解説していきたいと思います。
ドイツで大学院卒業なんてカッコいい響き!
良いイメージを抱く人は多いけれど、その実情はあまり日本人には知られていないわね。将来のキャリアプランや現在のポジション次第では、ドイツで大学院に行く意味は無いのよ。今回はそれらについてまとめて解説していくわね
ドイツの大学院制度について
上述の通り、日本では大学院は理系の学生が学部卒業後に通う場所として、文系学生からは敬遠されがちですが、ドイツでは修士課程は学士課程の延長線上にあるものとして、約4割強の学士卒業生が修士課程に進学します。
一般的に「入るのが易しく、出るのが難しい」とされる欧米の大学ですが、こと大学院に関しては「入るのも出るのも難しい」と言っても過言ではないでしょう。目安としては、学士課程でのGPAが3.0以下であると修士課程の良い席を得ることは難しく(人気のコースであれば特に)、学士課程卒業時にこのラインに達していない生徒は早々に修士課程進学を諦めることも少なくありません。
日本人がドイツの大学院に進学したい場合、基本的には「(日本での)学士時代の成績」「言語能力(英語またはドイツ語)」「その他就労経験」、場合によっては「面接」や「筆記試験」などから総合的に判断され、大学側に席を認められたら晴れて入学となります。大学によっては「全体の〇〇%を外国籍の学生に割り当てなくてはいけない」などの条件などが課されていることもあり、場合によってはドイツ人よりも容易に、また場合によっては逆にはるかに難しい入学条件となることもあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学士号の取得 | 同分野または関連分野での学士号が必要(日本の4年制大学卒が基本) |
| 成績証明書 | GPA 2.5程度以上が求められる大学が多い |
| 語学力証明 | 英語課程:TOEFL/IELTS、ドイツ語課程:TestDaF、DSHなど |
| 志望動機書 | Motivationsschreiben(志望理由・将来像を明記) |
| 履歴書 | Lebenslauf(写真付き、時系列で学歴・職歴・スキルを記載) |
| 推薦状 | 教授・上司からの推薦書(任意または1~2通必須) |
| 出願方法 | 大学個別またはUni-Assist経由でのオンライン出願 |
| 締切時期 | 冬学期(10月開始):5〜7月頃、夏学期(4月開始):11〜1月頃 |
卒業の条件は、一般的には学部時代と同様、「授業(ゼミ)に参加し」「試験(論文)を受け」「卒業に必要な単位を取得する」というプロセスの繰り返しとなります。4学期制の修士課程が主流で、その場合3学期を試験などでの単位獲得にあてて最後の1学期は卒論作成となりますが、この辺りはフレクシブルにすることが可能で、例えば途中でインターンを挟んだり、休学期間を設けることも一般的です。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ECTS取得 | 合計120 ECTS(2年課程)または60〜90 ECTS(1年課程)の修得が必要 |
| 必修・選択科目の合格 | 試験・課題・演習レポートで合格点を取得する必要あり |
| 修士論文(Masterarbeit) | 最終学期に提出。30 ECTS分で、独自の研究・分析を求められる |
| 口頭試問(Kolloquium) | 論文内容のプレゼン+質疑応答。義務付けられている大学が多い |
| 在籍期間内の修了 | 通常は2年間(最長4年程度まで延長可能)で要件を満たすこと |
メリット
上述の通り、修士課程とは基本的には学部の延長線上にあり、学部で培った「総合的な知識」をさらに専門的に深化させる場所としてとらえられています。こうした専門性を身に着ける場に身を置き、卒業に至る場合、我々日本人は卒業時に具体的にどのようなメリットを得られるのでしょうか。
国公立なら日本人でもほぼ無料で大学院に通えるみたいだね
各国の優秀な人材を集めるため、ドイツはこうした優遇制度を設けているわ。なので、卒業後も「ドイツの大学・大学院を卒業済み」となると割と様々な恩恵に預かれるのも事実です
給与面・将来のキャリアで学部卒よりも優遇される
ドイツ人が修士卒を目指す大きな目的の一つが、将来の賃金・キャリアに対する姿勢です。基本的に学士卒・修士卒の違いはドイツ人の賃金設定に大きな影響を与えるファクターの一つとして捉えられており、以下の表のように年収ベースで5~20%程度の違いをもたらします。
| 項目 | 学士 | 修士 |
|---|---|---|
| 一般的なキャリアの開始 | 23歳 | 26歳 |
| 初任給 | 40,548 EUR | 48,432 EUR |
| リタイア時の年収 | 63,266 EUR | 75,734 EUR |
| 生涯賃金 | 2,624,000 EUR | 2,901,000 EUR |
(FAZ紙の記事を元に著者作成)
また、会社側は公然とした指標を設けているわけではありませんが、将来の昇進・役職を持つ際に修士卒を優遇するケースも少なからず存在します。こうした賃金・キャリア上での優位性に加え、「専門性を持っていれば失業しづらい」という通念理解が学生間には形成されています。
ビザ面で優遇措置がある
ドイツでの就労に必ずビザが必要となる日本人にとっては、賃金以上にこの「ビザ面での優遇」が重要なポイントとなります。公式にドイツ政府が示唆しているわけではありませんが、日本人のドイツでのビザ手配にあたって、ドイツの大学・大学院を卒業した日本人の場合、それ以外のケースに比べてスムーズにビザが発給されやすい傾向にあります。
また、日本人がドイツで永住権(Niederlassungserlaubnis)を獲得する場合通常60ヶ月=5年間の就労・納税義務が設けられていますが、就学期間はそこから差し引くことができるため、仮に二年制の大学院を卒業しておくと、卒業から3年で永住権が獲得できる仕組みになっています。
ドイツ語に慣れる助走期間となる
実利的なメリットではありませんが、大学院に通い学生生活を経ることで、将来のドイツ語(あるいは英語)生活に備える助走期間を得られるという点が挙げられます。
語学学校では生徒の立場として、語学教師はこちらに分かりやすい、明瞭なドイツ語を話すことを心がけますが、大学のような場では、学生同士スラングや方言を使用し、文法も100%正しいわけではありません。こうした「崩れた」ドイツ語に慣れておかないと、実際にドイツで就職したのち、電話口での会話、早口、方言など、様々な角度でやってくるドイツ語の変化球に対応することができなくなります。
確かに、いくら語学学校に通って資格を持っていても、助走期間ゼロでビジネスドイツ語を駆使するのは難しいかもね
語学学校で習った語学と、実際のビジネスの場での語学は全く異なるもの。座学とビジネス、その中間あたりに大学でのドイツ語というのは位置しているので、就職前のいい練習期間になるわ
人間関係構築の場所となる
上述の語学と似た形になりますが、ドイツらしい文化を学ぶ、という意味でも失敗が許容される大学生活は格好の練習場となります。大学側も留学生に配慮して様々なオリエンテーションを駆使し、人間関係構築の場を設けてくれ、こうした場を利用してドイツ人文化を学ぶことができます。
また、こうした学生生活中に得た人間関係は利害関係に縛られない自由な友人のため、一度社会に出てしまうと得難いものとなります。特に、ドイツでは人間関係を通じたコネ入社、紹介入社が全体の3割を占めると言われるほど「人脈重視」の文化であるため、こうした機会はうまく活用すると良いでしょう。
デメリット
もちろん、いい面があれば悪い面もあります。日本人がドイツで大学院に通うことのデメリットには、一体どのようなポイントが挙げられるのでしょうか。
いいことずくしに見えるけど、やっぱりデメリットもあるんだ?
もちろん、条件次第なので一概には言えないけど、個人的には日本人がドイツで大学院に行くことはデメリットのほうが多いようにも思えるわね。それを以下に解説していきます
入学・卒業が難しい
上述の通り、ドイツの大学院は学士課程を優秀な成績で卒業した学生がさらに専門性を磨くために進学する場所のため、入学する際には学部時代の成績が精査されます。GPA換算で3.0が、一般的に良い大学院に入学できる条件とされています。
加えて、日本人の場合ドイツ語C1の証明書が必要となり(ただし、英語のみで開講している学部ではドイツ語の証明書は不要)、この取得のために1~2年を費やして語学学校に通うような層も少なくありません。
また、入学後も簡単な道のりではありません。OECDデータによるとドイツの大学(学士・修士含む)の中退率は25%前後で、日本の中退率である10%を2倍強上回ります(OECD調べ)。集計された統計データこそありませんが、ドイツ語が母国語ではない日本人がドイツの修士課程に進学した場合、中退率は3割~4割近くに達すると言われています。
最低でも2年費やすこととなる
一部の例外的な飛び級や短縮コースなどを除くと、一般的に修士課程は4学期続き、卒業までに最短でも2年間を要することとなります。これは入学してから卒業までの最短期間であるため、仮に語学要件を満たしていない場合では、これに加えて語学の準備コースに通ったり、Wartezeitと言って入学が次学期に持ち越しになるような場合もあり得ます。
また、就学期間中にインターンシップを挟んだり、必須試験を落としたりすると当然卒業までの期間は延長され、最短2年で卒業のところが3年、場合によっては4年かかるようなケースも珍しくはありません。
学費は無料(実際には図書館使用料などで年間10万円程度かかる)とはいえ、毎月の生活費はかかってきますし、就学期間中は基本的に収入がストップすることから、卒業までに300~400万円程度の貯金が無いと途中で金銭的な理由でドロップアウトするような事態も考えられます。
日本では一般的な奨学金制度だけれど、ドイツでは色々な制約があって日本人は受けられないことが多いかも
いくらメリットが多いとはいえ、20代~30代の一番働き盛りの3~4年をすべて学業に費やすのはかなり覚悟がいるわ
業界によっては生涯賃金がマイナスとなる
メリットの章で、修士を持っておくと学士よりも給与水準が高くなると書きましたが、給与水準が上がる=学士卒よりも生涯賃金が多い、とは限りません。事実、最低2年間を勉強に費やし、私立とあれば高い学費も発生します。その間、学士卒は2年分先に昇進しているので、いくらキャリア1年目の年収が高くても、トータルで見るとマイナスになっているというケースがあるのです。
以下の表は、具体的にどの分野で生涯年収がプラスで、どの分野でマイナスになる可能性があるのかを示しています。見ての通り、法学、物流、金融分野では大きくプラスですが、その他の分野では少しプラスか、エンジニアやITのように生涯でみるとマイナスになるような分野も存在するとされています。
| 分野 | 初任給増加率 | 修士に行った場合の生涯賃金 |
|---|---|---|
| 法学 | 18.8% | 大きくプラス |
| 物流 | 14.4% | プラス |
| 金融・会計 | 12.4% | プラス |
| 自然科学 | 10.3% | 同等 |
| 営業 | 9.5% | 同等 |
| 人事 | 8.8% | マイナス |
| エンジニア | 6.1% | マイナス |
| 建築・デザイン | 8.4% | マイナス |
| IT | 6.0% | マイナス |
| マーケティング | 6.8% | マイナス |
(Fokus紙調べを元に作成)
勿論、業界や会社規模などにも左右されるため学部だけでは測れない部分もありますが、単純に高収入を求めるからといって修士に進学するのは早計だと分かります。


