日本では昨今、企業の学歴フィルターが問題として取りざたされました。表向きは全学生を平等に扱うと表明していますが、学内説明会の有無であったり、大学名によって説明会の予約が取りやすかったりと、日本社会の水面下では今も根強く学歴フィルターなるものが残っています。

さて、ここドイツでの就職を考えるとき、日本のような学歴フィルターなるものは存在するのでしょうか?それとも、実力主義のドイツらしく、能力重視の採用方針をとるのでしょうか?

今回は、ドイツ就職を考える日本人が理解しておくべき 「ドイツ就活市場における学歴フィルター」について解説していきます。

ドイツ学歴事情

ドイツの就活と学歴フィルターの説明に入る前に、まずは簡単ながらドイツ社会における教育システムを紹介しておきましょう。

ドイツの初等・中等教育は、すでに将来の職業選択を考慮して進路決定する区分け方式です。将来大学に進む組と、職人になる組とでは、受ける教育プログラムが異なります。

幼稚園を終えると、ドイツの子供は6歳から10歳ごろまでGrundschuleと呼ばれる初等教育を受けます。この際の成績をもとに、将来大学に進学する子供(ギナジウム組)と、将来手に職を持つ子供(専門学校組)との選り分けがなされるのです。

一度専門学校組にカテゴライズされてしまっても、将来的にギナジウム(大学進学組)に編入することは理論上は可能ですが、実際のところその数は多くなく、一旦10歳の時点で決められた将来の進路が、そのまま人生プランに大きく影響してきます。

 ギナジウムレアルシューレミッテルシューレ
卒業後の進路大学進学職業訓練を経て就職
(または専門学校などを経て大学進学)
就職、または職業訓練
割合39.4%28.4%29.8%
特徴大学進学のための授業実践に即した授業実践に即した授業
バイヨン州データなどを元に作者作成)
Realschuleの実践的な授業 (C)Flicker_Chemie.BW

さらにギナジウムに進学した学生は、高校卒業の際にAbiturという一発勝負の試験を受け、この成績をもとに、どこの大学や学部に進学できるかの運命が定まるのです。そのため、日本のように大学ごとの入学試験、というものが存在しません。

ドイツの大学進学率は42%と、先進国の中で特に低い数値文字を示していますが、これは上述のようなドイツの特殊な教育システムのため、幼少時にすでに大学進学組と職人組との振るいわけがなされていて、職人組は大学へ進学する必要がないからです。

これは、日本のように「高校まではみんな同じ教育水準で、大学を卒業してから、その後の進路を決めよう」という、横並び型の社会システムとは一線を画します。

そんなわけで、ドイツの大学に進学してくる層は、ドイツの小学校の中でも特に「勉強ができる」とみなされた子供達です。

ギナジウムの授業 (C)Flicker_U.S. Consulate General Munich

こうした「勉強のできる子どもたち」が集められたドイツの大学には、日本のように偏差値やランキングのようなものがありません。特定の分野や研究で評価を得ている大学、世界大学ランキングに名を連ねるような大学(ミュンヘン工科大学等)といったものはありますが、授業の質や卒業後の進路に極端に影響を及ぼすような、いわゆる日本で言う「Fラン大学」「旧帝大」「早慶上智」といった住みわけは少ないのです。

そのため大学進学後、大学名よりも就職時に重要になってくるのが最終学歴における「成績(Abschlussnoten)」や研究や論文発表など学業での成果です。日本ではGPAで知られている評点の類です。

日本のように、文系の大学における本分は社会経験を身に着け、コミュニティを広げる、というものではなく、ドイツにおける学生の本分はひたすら知識の集積とそのアウトプットです。

大学の成績は、その後大学院進学、就活、転職など、あらゆる場面で引き合いに出され、一生を左右しかねません。そのため、ドイツの大学生・大学院生は、大学の講義を終えると黙々と自習室にこもり、深夜まで勉強をおこなうのです。

日本とドイツ、学歴フィルターに対する認識の違い

さて、前置きが長くなりましたが、ここまでの学歴に対する日独の違いをまとめてみましょう。

日本では、大学まで日本の学生は横並びの教育システムを享受しますので、大学入学で彼らの質を一斉に振るいにかける必要があります。それゆえ、大学入試試験は難しく設定されており、一定の知識水準に達しない生徒をここで切り離します。これが、日本の学歴社会において、大学名が価値を持つ所以です。

一方のドイツはというと、すでに幼少時にこの剪定は済んでいるため、大学入学時に日本のような受験地獄は存在しません。どこの大学に入ったか、よりも「大学でどんな優秀な成績や研究成果を残したか」が評価され、それをもとに企業は学生の質を見定めます。

それゆえ、ドイツ就活時においても学歴フィルターは存在しますが、主に「大学名」ではなく「大学在籍時の成績」や「受講した教科」でふるいにかけられます。

例えば、ドイツの某有名メーカーなどは、本採用はおろかインターンにおいてさえも、応募者に対し「大学時の成績が2.0以上であること(GPA換算で3.0以上)」「大学で会計学を専門に学び、かつその履修分野での総合成績が1.7以上であること(GPA換算で3.3以上)」といった要件を設定しています。

また、選考ではふるいにかけられなくても、面接中に大学時代の成績、評点について聞かれることは多々あり、ここでも大学の成績、専門の重要性がうかがえます。

ドイツ社会における学歴の捉え方:

  • 大学に進学しているかどうか
  • 専門分野において修士や博士号を取得しているかどうか
  • 専門分野において優秀な成績を残しているかどうか
  • その専門分野で知られる大学や大学院を卒業しているかどうか

大学院進学に見る日独の違い

さて続いて、日独の大学院進学に関するあり方の違いを説明します。

日本では、特に文系の場合、大学院への進学率は極端に少ないことで知られており、全体の5%程度、理系でさえも40%です。

それに対し、 ドイツでは理系、文系合算での進学率が50%を越えており、大学の延長性として大学院進学は考えられています。

この理由は、ドイツと日本の職に対する違いを照らし合わせれば明らかです。ドイツの場合、職に対する態度は一貫しており、特定の分野における「 スペシャリスト」の育成です。それゆえ、大学院で専門的に人事の勉強をした人が人事の担当になりますし、経理の勉強した人が経理の担当になります。

“ドイツの就職システムは、日本の新卒一括採用システムと異なり、空いたポジションに人員を確保していくシステムです。そのため、若さや伸びしろよりも、経験、知識などが求められる世界です。とはいえ大学を卒業したばかりの大学生には、経験は無いに等しく、実際に就職戦線でよいポジションを確保していくのは、既にドイツ社会で長い経験を積んできた30歳~40歳程度のベテランたちです。こうした経験不足の問題を解決するために、ドイツ人学生の間で主流なのが「在学中にインターンシップ」をおこない、正規社員とほぼ同じような業務を通じて経験を身につける、という方法です。”
出典:簡単にわかるドイツの教育・就職システムの解説

これに対し、日本の場合(特に文系職)、職に対する態度は様々な分野に精通した「ジェネラリスト」の育成です。そのため、一つの分野に深化するというよりも、大学を卒業後、企業で様々な支社・部署や職能を経験し、育っていくことが期待されています。

それゆえ、大学院修了者は、専門的な知識を必要とする分野(人事、経理、マーケティング、法務、IT等)で重宝され、生涯所得も学部卒に比べて上乗せされることが多いため、学部卒のドイツ人のうち高い割合が大学院への進学を希望しています。

ドイツにおける日本人の学歴フィルター

最後に、日本の大学を卒業した日本人が、ドイツで就職するに際して注意しなくてはいけない学歴フィルターを考察してみましょう。

上述の通り、ドイツ社会で大学名は日本ほどの重要さを持ちません。加えて、ドイツの人事担当者が日本の大学事情に精通していることは少なく、大学名がネックでドイツ就職に弾かれる、ということはあまりありません。世界大学ランキングのトップ300までに名前を連ねている大学であれば人事が少し加点する程度でしょう。

加えてドイツの採用担当者は、大学名だけでなく大学時代の評価を重要視します(場合によっては、大学名にはほとんど目をくれず、成績を最優先する会社もあり)。ドイツ語では「Notendurchschnitt(大学成績表)」と呼ばれるもので、日本のGPAに相当しますが、専攻分野でこの値が2.0以下だと足切りを行う企業が少なくありません(GPA換算で3以下)”
出典:【ドイツ就職難易度】日本人が内定を貰える難しさは日系超難関企業レベル?

それよりも重要になるのは、大学在学時の成績、さらに重要なのが日本での仕事経験・専門性です。例えば、日本の大学を出たばかりの若者が、ドイツでインターン先を探す、などの場合、経験よりも大学の成績が勘案されます。

一方で、すでに30歳前後で、一定のキャリアが想定される年齢になってくると、次第に仕事上でのスキルや功績が評価されるようになり、大学の成績は参考程度にみなされます。

この辺の事情は、日本での転職に似ているのではないでしょうか。新卒時には重要な大学名も、キャリアの階段を上がり、経験を積むにつれ、徐々に過去のものになっていきます。代わりに、転職先で生かせる技能、専門性などが、評価の対象にとって代わります。

データ参照元:
Bundesministerium für Building und Forschung
H28文部科学省調べ
OECD “Education at a Glance 2012”