「大手病」というワードが示す通り、ここ数年の日本の新卒市場は深刻な大手志向と中小企業の人材不足にあえいでいます。マイナビ調べによると、リーマンショック後40%以下にまで低下した「絶対に大手がいい」という新卒の割合は2021年には55%という高水準に達しています。
この「大手vs中小企業」の対立の図は、世間体を気にする日本の文化を如実に示しているものとしてしばしば取り沙汰されます。それでは、海を隔てたここ「ドイツでの大企業vs中小企業」の構図は、一体どのようなものなのでしょうか。
ドイツでの中小企業の定義と扱われ方、就職先としてのおススメ度などを交え、ドイツの中小企業市場に関して徹底解説します。
ドイツにおける大企業と中小企業の定義について
EUによる中小企業(SME)の定義と、ドイツ国内の中小企業(KMU)の定義とでは若干異なる点があります。EUによる定義では、以下のように中小企業以下の企業規模が定義されています。
従業員数 | 年間売上 | 年間総資産 | |
マイクロ企業 | 10人未満 | 200万EUR以下 | 200万EUR以下 |
小企業 | 50人未満 | 1000万EUR以下 | 1000万EUR以下 |
中企業 | 250人未満 | 5000万EUR以下 | 4300万EUR以下 |
大企業 | 250人以上 | 5000万EUR以上 | 4300万EUR以上 |
(BWL-Lexikonを元に作成)
一方ドイツの場合、500人以下の企業は全て「中小企業」とされています。日本では(業種にもよるものの)一般的には300人以下かつ総資産3億円以下で中小企業と認められており、各国で多少の差はあれども、大体従業員数200~500名規模を境に中小企業か大企業かの別がなされるような形です。
それぞれの規模の企業数を比較すると、従業員10人以下の企業数が群を抜いて多く、ドイツの全企業数の9割近い290万社に上ります。従業員数10~50人以下の会社が35万社、50~250人規模では73000社と、規模が大きくなるにつれ企業数は減っていき、従業員数250人以上の企業数はわずか16,000社、全体の0.6%でしかありません(Statista参照)。
労働人口に目を向けてみましょう。ドイツの労働者人口は約3000万人ですが、その内訳としては従業員規模10人以下の会社で働く人間が約540万人、10~50人規模の会社で670万人、50~250人規模で560万人、そして250人以上の会社で1100万人、となっています。そのため、実際にドイツの250人以上の大企業で働く人口は全体の30%程度であることが分かります。
この大企業人口3割、中小企業人口7割の比率は日本の大企業-中小企業の比率とほぼ同じです(中小企業庁調べ)。
ポイントとしては、日本でもドイツでも大企業と中小企業の比率は3:7ってことだね
その通り!さらに上場企業、従業員10,000人以上の超大手企業の数は全体の1%に満たないわ。実際には無数の中小企業が経済を支えている構図ね
大企業と中小企業、ドイツで人気なのはどっち?
日本のモノづくり、中小企業の技術が喧伝されて久しいですが、実はニッチな業界で世界シェアベスト3位に入る企業数を比較する指標である「Hidden Champion」によると、ドイツの中小企業は日本をはるかに凌駕する驚異的なプレゼンスを誇っています。
世界で約2700社あるニッチな専門分野での上位シェアを占める会社の約半数にあたる1300社をドイツの会社が占めており、アメリカが366社、日本は3位ながらわずか220社という結果になっています。ドイツの人口が日本よりも少ないことを考慮すると、この結果は驚くべきものと言えるのではないでしょうか。
この「ドイツの中小企業が強い」理由としては、自己資本率が高く長期的な目線で戦略を立てられる、社員が安定志向で離職率が低い(大企業の3分の1程度)、社内の暗黙知や知識の形成が長期的に可能、といった理由が挙げられています。
こうしたドイツの中小企業の堅実なパワーが評価されているのか、日本の新卒市場では「大手病」「中小企業の人材不足」などがうたわれて久しいですが、ドイツの場合必ずしも大手がいい、という層の数は面白いことに中小企業志望者よりも下回っています。中小企業希望の割合は68%なのに対し、大手希望者は47%となっており、中小企業は優秀な人材を獲得し持続的な成長を遂げることを可能にしています(参照:Wochenanzeiger)。
大企業と中小企業、どちらを志向するかはキャリアや私生活、専門性などに左右されることから一概にどちらの決断が正しいのかを論じることはできません。自分がどちらの企業に適しているのか、大企業と中小企業のそれぞれのメリット・デメリットを比較することで参考にしましょう。
ドイツでは大手よりも中小企業のほうが人気!
面白いことに、安定志向のドイツ人は大手よりも独自技術を持った中小企業を好む傾向にあるわね。日本とは真逆の傾向かも
就職先としてのドイツ大手企業のメリット・デメリット
メリット
日本人に限らず、ドイツの上場企業のような大手企業に就職するメリットには「給与水準」「多様性に富んだ人材」「行き届いた社員教育」などが挙げられます。特に給与水準に関しては以下のテーブルの示す通り、大手企業と中小企業とでは年収に10000EUR以上もの開きが見られます。
学士卒 | 修士卒 | |
従業員数10人以下 | 32300EUR | 37900EUR |
従業員数10~99人 | 36000EUR | 37600EUR |
従業員数100~999人 | 39700EUR | 41300EUR |
従業員数1000~5000人 | 40700EUR | 42500EUR |
従業員数5000人以上 | 42800EUR | 44600EUR |
(Die Master-Frageを元に作成)
賃金だけでなく、大手ならではの時間と手間をかけた研修制度は、キャリア志向の強いドイツ人にとって非常に魅力的にうつります。各国に支社を持ち、人材の多様性も進んでおり、日本人であるからと言って差別されずに同じ土俵で戦うことができるのも強みです。
デメリット
デメリットとしては、ドイツの大手企業はドイツ人にとっても非常に競争率が高く、ドイツ語を母国語としない日本人の場合就職が困難であることが挙げられます。
日本人がドイツで就職しようとした際、高いハードルとなるのがこの語学要件です。もちろん中には、英語のみ可、ドイツ語日常会話レベル可といった会社や職種もありますが、ある程度の給与水準を優良企業で享受しようとした場合、英語、ドイツ語ともにC1レベルの実力があることが望ましいとされています。
出典:【ドイツ就職難易度】日本人が内定を貰える難しさは日系超難関企業レベル?
入社した後も息つく暇はありません。企業内の競争が激しく、試用期間内でクビになるケースが少なくありません。日本人だからと言って差別されることはありませんが、裏を返すと特別扱いもされないわけで、英語・ドイツ語ともにビジネスレベルの習熟度が求められる厳しい世界です。
就職先としてのドイツ中小企業のメリット・デメリット
メリット
ドイツの「中小企業」の定義に則ると「従業員500人以下」の企業は中小企業にあたり、これには現地に進出している在独の日系企業も含まれます(広義には「多国籍企業」に包括されることもありますが、基本的にはドイツ法人における規模数に紐づく)。
こうした中小企業のメリットには「大企業よりも昇進がはやい」「自己決定権が多い」「長期的な目線で社員のキャリアを考慮する」「家族的」であることなどが挙げられます。上述の通り、自己資本比率の高い非上場の中小企業などの場合、株主の意向に関係なく自由に戦略が立てられるため、日系企業に近い「長期的」なビジネス・人材戦略が持てることは、ドイツで働きたい日本人の応募者にとっても非常に魅力的でしょう。
話を聞くと、大手は株主の意向に沿うスピーディなアメリカ的、中小企業は長期的な目線を持つ日本的な経営スタイルとも言えるかもね
大手の3倍程度、中小企業のほうが離職率が低いというデータもあるわ。慣れないドイツでじっくりと身を固めたいなら、大手ではなく在独の日系企業も含めた従業員規模500人以下辺りの中小企業をターゲットにしても良いかもね。求人に関してはこちらを参照してね
デメリット
大手企業と比較すると、残念ながら平均的な給与水準はやや見劣りします。また、家族経営的であることの弊害として、保守的であったりドイツ的な意識を根強く持っている会社も少なくありません。企業研修などに関していると、組織的な大きな機能がないため、こちらに関しても大手と比較するとやや小規模なものとならざるを得ないでしょう。