輸出先・欧州拠点としてのポテンシャルと魅力を秘めたドイツ市場ですが、進出に当たっては、事前調査とマーケット参入方法の正しい選択が重要です。

今回のコラムでは、実際にドイツ進出(現地子会社、現地支店設立)を決めた企業が、その後どのようなプロセスを経て事務所設立に至るのかを解説していきます。

Adapted from Root, 1994

マーケットリサーチ

ドイツでの支店・子会社設立は、前回のコラムで触れた通り、大きなリスクを孕む決定でもあります。初期投資に一定の資金を要する他、企業形態によっては撤退が困難になる場合もあり、安易に進出方法を決めてしまうことはできません。

そのため、企業は海外進出に先立って、綿密なマーケットリサーチをおこない、投資前に市場としてのポテンシャルを見極めます。以下の3点は、具体的にマーケットリサーチを進めるうえで重要とされるポイントです。

市場としてのポテンシャル

そもそも市場参入する前に、ドイツ市場に自社製品・サービスを販売するための市場が存在するのか、存在するとしたらどれくらいの規模なのか、正しく見極めることが重要です。

中には、後述するような規格の問題でドイツ市場で販売が難しい製品もあれば、ドイツの文化に適しておらず消費者に受け入れられないような製品もあります。

競合・自社製品の立ち位置

上記のポテンシャルと平行して、果たして自社製品・サービスに、ドイツ(ヨーロッパ)市場における優位性があるのかどうかを見極めることも肝心です。

例えば、製薬や化学製品・自動車産業など、ドイツが一大市場としてすでに確固たる地位を築いている分野では、新規参入は非常に難しいとされています。

具体的なリサーチポイントとしては、以下のような点で現地競合と差別化することが可能であれば、ドイツ市場で自社製品を展開する伸びしろがあります。

  • 価格競争力
  • ユニーク性(現地企業に模倣できない技術など)
  • 品質
  • デザイン性

ドイツ市場の流通経路

財・サービスがどのような流通経路をつたってドイツ市場に流れているのかの商流を見極めることは、マーケットリサーチの最も重要なポイントの一つです。

具体的には、インターネット経由で直接エンドユーザーに流れているのか、代理店を経由しているのか、企業の営業部隊が直接法人顧客に販売しているのか等、同業界の流通システムを見極めることが、正しい市場参入を選択するための試金石となります。

法規制・規格

日系企業のドイツ市場参入にとって、最も注意しなくてはいけないチェック項目の一つが、法規制、あるいは製品規格です。ドイツを始めとするヨーロッパ諸国は、CEマークという、日本にはなじみのない独自規格を持っており、この認証をとるためには事前審査・登録が必要になってきます。

そのほか、産業によっては規格やデザインを変更したり、材質を代替したりする必要もあり、こうした労力を払ってなお、市場参入の価値があるのかを見極める必要があります。

書類上・実務上の手続き

マーケット調査を行い、実際にドイツ支店(子会社)設立の価値ありと判断された場合、本格的な事務所設立のための手続きがスタートされます。

ドイツ法人設立vsドイツ支店開設

今まで、支店(子会社)という形で、現地事務所の種類を一緒くたにして説明してきましたが、実際には支店と子会社とでは、設立時に大きな違いがあります。

ドイツ市場に進出する日系企業がとる形態は、圧倒的にGmbH(有限会社)、つまり子会社の形式が多く、これは、文字通り企業の責任が有限である会社形態で、日本の本社にそれ以上の責任が及ぶことがありません。

一方で、支店、駐在員事務所の形態をとる場合、撤退の容易さがメリットとして挙げられる一方、有事の際には本社に責任範囲が及ぶこととなります。

法的な観点以外にも、基本的にドイツ企業は「GmbH格」のついた、いわゆるドイツ企業との取引を好む傾向があるため、実務的にもドイツ市場拡大を見込む場合、現地子会社の設立が好まれる傾向にあります。

事務上の手続き

この事務上の手続きが、ドイツ法人設立にあたって最も煩雑な個所になります。実際には、登記用の住所確保、現地の銀行口座開設、公証証書・登記簿の入手など、現地のお役所文化に精通した人材を必要とするプロセスが多く、日系企業のほとんどが、ドイツの会計事務所・法律事務所を通じて手続きを行います。

書類上のわずらわしさを除けば、法人格取得に要する費用・期間はそこまででもなく、期間にして2~3ヵ月程度、費用にして1,000~5,000€程度(従業員、資本金規模に応じる)が目安です。

人事上の手続き

日本本社から子会社に駐在員を派遣する場合、あるいは現地で採用する場合と、採用場所によって書類手続きプロセスが若干異なります。

現地駐在員の手続き

日本の本社からドイツ子会社に駐在員を派遣する場合、ドイツでの就労ビザの取得が必要になります。ビザ取得に際しては、現地での住所、ドイツで有効な法定健康保険などが必要になってくるため、派遣される駐在員の選抜が行われたら、速やかにビザ手続きを始める必要があります。

以下の書類が、一般的な就労ビザ取得の際に必要になる書類一覧です。

  • Antrag (所定の申込書)
  • Pass(パスポートの原本及びコピー)
  • Arbeitsvertrag(entwurf) (in Kopie)(労働契約書のコピー)
  • Mietvertrag (in Kopie)(賃貸契約書のコピー)
  • ビザ用写真
  • 申請用手数料(100€前後)

このビザプロセスには、最大で2~3ヵ月程度かかるため、時間に余裕をもってビザ申請の手続きを始めておく必要があります。

現地人材の採用

現地人材の採用・給与支払いを前提とする場合、社会保険事務所・労働組合などへの届け出が必要です。

採用に関して、新規参入企業がとるもっともメジャーな手段が、現地エージェントの活用です。これは、新規参入の場合、企業知名度が少なく、新規募集をかけてもなかなか人材が集まらない理由のほかに、すでに他企業で経験のある人材がドイツ市場では好まれ、そういった人材はエージェントを介して採用することが一般的だからです。

特に、支店・子会社設立の場合、本社と現地とでの意思疎通が高度なレベルで必要になってくることから、求められる現地人材の質も、就活市場に出回っているものとは毛並みの違うことが求められてきます。

一般的に、子会社・支店設立の最初期にあって、以下のようなポジションは、ドイツ人人材が採用されることが好まれます。

  • 会計部
  • 法務部
  • 現地企業への営業部
  • 人事部

上述したようなポジションは、現地のしきたりや商慣習、法律を知っていることが長所になりやすいポジションであるため、現地のやり方に知悉した現地人人材を採用することが望ましいでしょう。

トラブルと注意点

最後に、法人設立時にトラブルになりがちな注意点を解説になります。

自己契約及び双方代理

民法108条に記載されるように、同一の法律行為において、自らが代理人及び契約者本人となって自己契約をおこなうことは禁止されています。

同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行についてあらかじめ許諾した行為については、この限りでない(民法108条)

これと同じことに、ドイツにおける法人設立の場合にも留意する必要があります。ドイツで長年、日系企業の支店設立に携わってきたベッカー弁護士は、以下のように解説します。

ベッカー・フランク弁護士

「日系企業の海外法人設立においてトラブルになりがちなのが、この民法108条における自己契約です。すなわち、日本の母店(本社)において意思決定権を持つ者が、ドイツ法人の役職を定め、そのポジションに自らが就任することは度々問題を招くことになります(ベッカー・フランク (ドイツ連邦共和国弁護士))」

契約書上のトラブル

もう一つ、現地の日系企業を悩ませる問題の一つが、ドイツにおける「契約書文化」です。ドイツの法文化では、署名された契約書は強い力を持つため、詳細を知らずに契約してしまった文面によって、後々トラブルを招くケースが後を絶ちません。

ベッカー弁護士は、こうしたトラブルを避けるために、以下のような対策をお勧めしています。

「ドイツに進出したてのこと、右も左も分からない状況でサインしてしまった契約が、将来的に思わぬトラブルを招くことがあります。一度、代表者のサインがされてしまった契約書の取り消しを行うのは至難の業で、かといって、契約書ごとに逐一懇意の法律事務所に相談するのも時間的なロスを生みます。最も理想的な対策は、現地の法・契約に知悉したドイツ人人材を一刻も早く確保することで、彼(彼女)を通じて危険な契約を避ける社内スキームを作り上げていく必要があります(ベッカー・フランク (ドイツ連邦共和国弁護士))」

このように、ドイツでのスムーズな法人設立・運営は、法や人事などの分野と密接に関わっており、その点での問題をクリアにできる社内スキームを早い段階で構築していくことが重要になってきます。

次回以降のコラムでは、ドイツにおける人事制度、日系企業が知っておくべき習慣などについて解説していきます。

インタビュー協力:
ベッカーフランク弁護士Atsumi Sakai Janssen Rechtsanwaltsgesellschaft GmbH