海外移住を目指す際、一つの方法としてオーソドックスなものが「現地採用制度」です。すなわち、海外に拠点を持つ日系企業に就職し、日本人である利点を生かして仕事をする、というキャリアプランです。

今回は、日本人のヨーロッパ移住の際に最も人気な海外日系企業における「現地採用」のメリット・デメリットについて解説を行なっていきます。

現地採用とは

現地採用とは、文字通り海外に拠点を持つ企業がその土地で応募者を採用する方式のことで、本社で採用された日本人を海外に派遣するいわゆる「駐在員」とは異なります。一般的に、本社で採用された人間がどこの国のどこの部署に配属されるかは、本社の人事部の決定いかんのため、駐在員制度を用いて狙った国に配属になることはまれです。

また、海外駐在員に選ばれる人材は「出世コースに乗った」「30代以降の中堅クラスの人材」であることが多く、若い時から海外駐在でばりばり活躍したいという応募者側の要望と、必ずしも一致するとは限りません。

対して現地採用の場合、どこの国のどこの会社を選ぶかは、完全に応募者の自由です。その代わり、現地駐在員の特権である雇用の保証、住宅補助、駐在員手当などを得られないことが多いでしょう。

 駐在員現地採用
採用者日本本社現地(海外)
給与システム日本に準じる現地(海外)に準じる
駐在員手当基本的に発生する基本的に発生しない
住宅補助基本的に発生する基本的に発生しない
年齢層中堅~管理職クラス若手~管理職クラス
主な役割現地法人のマネジメント
技術・知識の伝達
現地社員と本社の橋渡し
現地マーケットの拡大

現地採用のメリット

具体的に、駐在員や現地企業への就職ではなく海外の日系企業での「現地採用」を選ぶメリットは何でしょうか?以下に、メリット・デメリットをまとめていきます。

転勤・異動がない

現地採用が駐在員と一線を画すポイントが、転勤の有無です。上述の通り、前者の場合「国」を先に決めて、その後会社を選ぶわけですが、駐在員の場合、まず「会社」ありきで、その後どこの部署、都道府県、国に赴任するかが決められます。

海外で現地採用される日本人の多くは、まず「海外で働きたい」「海外で生活したい」という動機があったうえで仕事を探す形ですので、どこに配属されるかわからない駐在員よりも必然的に現地採用の雇用形態が好まれます。

まれに海外に赴任されることを前提にまず日本の本社で採用し、その後海外などに駐在員として派遣するような形もありますが、あくまで例外的なケースです。

そのため、自身の人生設計の柱に「特定の海外の国での生活」がある人にとって、勤務地が特定国(例:ドイツ、アメリカなど)に限定される現地採用は非常に魅力的な雇用形態となります。

日本人であることの強みが活かせる

日系企業の欧州拠点という立場上、基本的には日本人としてのマインドセットや語学力が強みになることが多々あります。本社との日本語での交渉、書類の作成や読解、プレゼンテーションなど、現地のヨーロッパ人社員には難しい日本語を要求するタスクなどが割り当てられることも少なくありません。

こうした「日本人であること」がプラスに働く職場は、日系企業の現地採用ポジションを除くとそう多くはありません。

実際に海外企業などで勤務しても、日本語スキルや日本での職務経験は特殊なポジションを除くとほとんどアドバンテージとはみなされず、日本で長年社会人経験を積んだはずの日本人の多くが、ドイツでは新卒の給与テーブルからスタートすることになっています。

安定した雇用が得られる

労働者の雇用が他国に比べ守られやすいドイツやオランダであっても、日本のように終身雇用が行き届いているわけでもなく、特に試用期間中の首切りなどは少なからず発生します。

日系企業だからといって必ずしも解雇されるリスクがないわけではありませんが、海外企業やその他欧米企業と比較すると日本の慣習を踏襲しているため、雇用が守られやすい傾向にあるとも言えます。

特に契約書社会である欧米では、雇用形態に関しても契約書に書かれた文言が全てですが、日系企業であるとhuman-orientedと呼ばれる手心の加えられる部分が多く、長期的な人生設計のプランが立てやすいと言われます。

カルチャーギャップが少ない

現地の外国人で構成された現地企業と異なり、多国籍企業である海外の日系企業の場合、日本人駐在員、現地社員、他国の社員、などがバランスよく配置されており、カルチャーギャップを感じる割合が少ない傾向にあります。

多国籍企業に籍を置く現地社員は、その企業の持つ文化に魅力を感じることが多いとされ、おのずと「日本人にとって馴染みやすい」ような人材が集まっています。

これは、現地採用者の日本人が感じる現地人とのカルチャーギャップを低減させる効果があり、自然と居心地の良い仕事環境を得られる可能性が高まるでしょう。

現地の給与水準・法規制に準じる

会社が海外に進出している以上、法規制(有給等)や給与水準は基本的に現地のものに準じています。そのため日本よりも平均賃金や労働条件の良い国(ドイツ、アメリカ、オランダ等)の現地採用の日本人は、こうした海外ならでは仕事環境の恩恵を享受することが可能となります。

例えば当社調べではドイツで現地採用された日本人のうち、実に全体の半分以上が「年間の有給日数が15日以上増えた」と回答しており、給与面に関しても全体の八割以上が「給料が上がった」と回答しています。

現地採用のデメリット

上記のポイントのように、魅力的な要素を持つ「現地採用」という雇用形態ですが、もちろん知っておくべきデメリットも存在します。

駐在員との給料格差

現地採用社員にとって最も不満の生じやすいポイントが、駐在員との給与・待遇面での格差です。駐在員には給料の他に本社から海外駐在手当があてがわれたり、住宅が無料で用意されたりと至れり尽くせりのため、自ずと現地採用者との差が発生します。

現地の不満のみならず、会社の経営にも悪影響を及ぼすほど駐在員への報償の多さは各国で問題となっており、一部の国や企業ではこの報奨金の見直しが行われていますが、是正されていない企業がほとんどを占めるのが現状です。

こうした駐在員と現地採用者との賃金・待遇格差は、現地採用者が最も不満を感じるポイントの一つで、Guardian紙の調査によると、賃金格差は実に400~900%に達し、80%の現地従業員がその賃金格差に不満を覚えているとのことです。

会社によっては出世が望めない

2000年代の前半あたりから、世界各国の多国籍企業は現地のキャリアの在り方を見直す動きを始めました。GTM(Global Talent Management)と呼ばれる、国境の枠組みを超えたキャリア育成システムを自国民、他国民を問わず用いたり、同時に駐在員の働きを現地のマネジメントから知識の伝達に変えていく試みです。

こうして、駐在員の役割は、現地が「本社の出先」の域を脱すると、次第に現地が独り立ちするためのノウハウの提供にとって代わります。さらに現地拠点の独立独歩の体制が整うと、今度はむしろ駐在員自体が、国際マネジメントや異文化ビジネスを経験する練習の場として、現地拠点が活用されるようになり始めます
引用元: ドイツ現地採用組が日系企業の現地化のカギを担うワケとは

他方で、駐在員や現地採用者を取り巻くキャリアの仕組みが変わりつつあるとはいえ、中には「現地法人の社長や役員は駐在員である必要がある」と考える会社もいまだ多く存在しています。そうした場合、現地採用の日本人のキャリアの天井はマネージャー、あるいは現地法人の部長クラスとなり、それ以上の出世が見込めない形となります。

この、現地採用者が出世できるかできないかの違いは、会社のマインドセットにあるというよりも、むしろ業界や本業における比較優位の質に由来するもので、中には「本社システムを知悉する人間が現法のトップであるほうが意思疎通がしやすい」というケースがあるわけです。

日本的な考え方を要求されることも

本社が日本にある以上、海外にあっても多かれ少なかれ日本本社の文化を踏襲する傾向が少なくありません。具体的には、繁忙期の残業、忖度、根回しなどで、海外で生活する年月が長ければ長いほど、こうした日本的なやり方に不満を覚える傾向にあります。

また、仕事生活以外でも、必然的に日本社会・日本コミュニティと接する機会が多くなり、なかなか思い描いたように現地の文化を享受できない、という点もあります。ただし、こういったデメリットにあげられたポイントは、見方によってはメリットに転じるケースも多く、海外で日本的な強みを活かしつつ仕事を行いたい、というニーズを持つ場合、現地採用社員としてのキャリアは適したものとなるでしょう。