[ドイツ就職者たちの声1] 現地採用者最初の壁、日独文化の差異を巧みに解消 遠藤さん(33歳)

2020-05-25 | タグ:

ハンブルグは北に北海を望む、ドイツ有数の港湾都市で、列車の中央駅を降りると漂う潮風に、海鳥の鳴き声が入り交じって聞こえてくる。人口およそ200万人を抱えるこの町は、かつてハンザ同盟の一翼を担った貿易の集積地としても知られ、ハンブルグ駅前の雑踏は、いつも多様な国籍の人々で溢れている。

歴史情緒あふれるこのハンブルグの土地で、今回インタビューに応じてくれたドイツ現地採用者の遠藤さん(仮名)は、現在某日系メーカーのロジスティック部門の責任者である。

「私はもともと博多の人間で、門司港とか、あのあたりの海辺の景色を見て育ったものだから、どうしても海とか海外とか、外の世界に対する憧憬みたいなものは物心ついたことからあったのかも知れません」そう日焼けした肌をのぞかせて語る遠藤さん。

休日の趣味は、地元のドイツ人に混じってサッカーを楽しむことというだけあり、体つきもドイツ人に負けず劣らず、どっしりとした面持ちである。

「ドイツでは仕事とプライベートは完全にすみ分けられているので、こっちで友達を作ろうと思うと、やっぱり積極的に外に遊びに出かける必要が出てきますね。スポーツは全国共通で、コミュニケーションに役立ちます。特にサッカーができると、ドイツでも友達が作りやすいですよ」

そう力を込めて語る遠藤さんは、元々ドイツとは縁のない生活を九州で送ってきた。いったい、地元で育った彼が故郷を離れ、遠くドイツの地に活躍の場を求めた理由はなんだろうか。エルベ川を望むハンブルグのカフェに腰かけ、遠藤さんは自身の経歴について語り始めた。

Hamburgの夕暮れ時

ドイツに来た理由

「もともと、今の職場に入る前は、日本で海外メーカーの日本への仕入れを行っていました。特にアジア圏との取引が多く、次第に英語を使う機会も増えていたので、おのずと海外との仕事、ということに対して興味を惹かれつつありましたね」と遠藤さんは日本での仕事を振り返る。

東京の大学を卒業後、商社系を中心に就職活動をおこなった遠藤さんは、その後5年近く東京の機械系の専門商社に勤務した。おりしも遠藤さんの就職活動の時期はリーマンショックと重なり、全国的に見ても就職難の時代である。そんな大変な時期であったものの、持ち前の行動力と学生時代に身につけたという語学力を買われ、海外との折衝に携われるポジションを得たという。

そして遠藤さん曰く、その時に培った商社勤務の経験と人脈は、今の仕事にも大きな影響をもたらしているとのことである。

「新卒で入って、いわゆる大企業ではありませんでしたが、海外出張も頻繁に行かせてもらいました。アジアのサプライヤーがメインの取引相手でしたが、たまたまヨーロッパにも展示会などで足を運ぶ機会があり、そこでドイツ製の製品を専売権を入手してうちの会社が日本で販売を開始しました。その時知り合ったスウェーデン人のメーカー営業マンとの話がきっかけで、ヨーロッパでの仕事に興味を持ち始めました。」

当時の仕事に不満はなかったものの、やはり海外との接点は限定的で、展示会などが終わるとまた国内の部門とビジネスをする生活に戻ってしまう。幾度となく海外のサプライヤーなどと交渉を行ううちに、遠藤さんの心は日本を離れ、次第に海外での仕事へと傾きつつあった。やがて、会社が終わって家に帰るとパソコンに向かい、自分でも応募できそうな案件を探し始めるようになる。それが、日本にいたときの遠藤さんの心境であった。

一般的に、日系企業の海外派遣駐在員は新卒生え抜きの中から選抜されるため、現地採用枠で応募する場合、海外当地の子会社に直接応募することが通例である。その場合、日本から応募してくる者よりも、その国に長く根差して現地語や現地の習慣に馴染みのある人材が採用されるケースが多い。中には例外的に、海外採用候補を日本で募集し、一定期間の研修を経て海外に派遣するというケースもあり、遠藤さんが転職活動を行い始めたころ、折よくそのような求人案件に出くわすこととなったそうだ。

「もともとドイツが良かったというわけではありません。ただ、ヨーロッパでの仕事機会を探し始めてみると、やはり多くの日系企業が進出しているドイツには就職のチャンスが多く転がっていることに気がつきました。ドイツ語は話せませんでしたが、アジア各国との輸入に携わっていたので英語はビジネスレベルで話せ、それが応募の際に人事の方の評価でプラスに働いたのかと思いますね。」

そう遠藤さんの語るように、元々ドイツは数ある選択肢の中の一つに過ぎなかったが、色々と応募を進めていくうえで最終的にドイツに落ち着いた、というケースは少なくない。その後インターネット経由でポジションに応募した遠藤さんは、そのまま東京の本社で面接を受け、一か月の研修後に当初の申し合わせどおりドイツへの渡航となったとのこと。

ドイツでの仕事開始について

慣れないドイツでの仕事生活には、トラブルがつきものである。勇み足でドイツに渡航したものの、ドイツで就職してから一年は、遠藤さんも多くのカルチャーショックに苛まれたと語る。

「上司は日本人で、同僚はドイツ人や他のヨーロッパ人。本社の言うことをドイツ流にかみ砕いて同僚に説明しなくてはいけないんですが、これが、ドイツに来て間もない私にとっては最も骨の折れる仕事でしたね。」

遠藤さんには、欧米人との仕事どころか、海外生活の経験すら今回のドイツ転職が始めてであった。言語面では、社内の共通語が英語のため意思疎通に問題はないものの、文化の違いは両者衝突の原因となることが少なくなかったようだ。

「私生活でも、仕事上でも、ドイツに来たての頃は、文化の違いというものが度々ストレスの種になりますね。最初のころはアパートを探すこともできなかったので、フラットシェアをしていたのですが、これがいけなかった。ごみの分別とか、夜中のパーティの音とか、今と思えばはっきり議論すべき内容も多かったのですが、半分ノイローゼになってしまい逃げるように別のアパートに引っ越しましたよ。」

ドイツで一般的なフラットシェアのキッチン

「私生活のほうは、高いながらに一人部屋のアパートを借りて、ようやく落ち着いた生活ができるようになったのですが、仕事のほうは慣れるまでやはりかなり時間がかかった。システムの使い方、社内のルール、電話、呼び方、同僚の名前を覚えるのも全部、日本でやるのと比較して2倍以上時間がかかるんです。最初の半年くらいは、ドイツに来るんじゃなかったって、後悔する時間のほうが多かったように思いますね。」

現地に直接採用された人、あるいは本社から送られた駐在員など、多くのケースで精神的なトラブルを覚えることがあり、遠藤さんの場合も例外ではなかったようである。国際的な統計データによると、約半数の駐在員が駐在生活で心理的ストレスを抱え、三割は任期を満了せずに帰国するというのだから、いかに現地の文化的差異がストレスを招くかは想像に難くないだろう。

それでも、最初の一年の「ハードル」を乗り切ってしまうと、次第に現地の環境に順応してくるフェーズに達する。遠藤さんの場合も同様に、最初の試行錯誤を抜けると、次第にその生活を楽しめるようになってきたと語る。

「僕の場合、小さい時からサッカーをやっていたっていうのが大きいですね。ドイツでもフランスでもどこでも、スポーツは万国共通の言語です。ドイツ語が話せない僕でも、サッカーならコミュニケーションできる。生活に少しゆとりができ始めたころ、地元のサッカーチームに入ったんです、ドイツ人ばかりの。そこで少しづつ、友人とか気の置けない仲間って言うのができ始めて、次第に自分がこの国に受け入れられていくなっていう気持ちがし始めたんです。」

住めば都とは言うもので、最初はあれほど煩わしかったハンブルグの喧騒も、住んで半年もすると慣れたもので、遠藤さんは外国人同士のパーティに参加したり、地元のフットサル大会に参加したりと、アクティビティを楽しめる余力を身につけつつあったようだ。

私生活の安定と比例するように、仕事のほうでも、半年を過ぎる頃には次第に積極的にこなせる案件が増えていく。ドイツに来て一年が経つ頃、遠藤さんは小規模ながらプロジェクトのリーダーを任されるまでのポジションを得たと遠藤さんは語る。

ドイツの国民スポーツ、サッカー

ドイツと日本、仕事文化の違い

ドイツは労働先進国でも知られ、ワークライフバランスの意識の高さ、仕事の効率という観点では、国内外から高く評価されている。日本でも昨今取りざたされるこのワークライフバランスについて、遠藤さんはこのように語った。

「ドイツでの仕事に関して、ワークライフバランスという切り口から説明すると、やはり日本にいたころよりも働きやすいと感じる点が多いですね。私の働いている会社は、日系企業なので残業なども多いと多少覚悟していましたが、繁忙期を除けば日本にいた頃より忙しいことは極めて稀ですね。加えて、年間20日以上の有給休暇を使えるというのはドイツで働くことのメリットでもあります。これは、日系、ドイツ系企業に関係なく法で認められた労働者の権利のため、日本のように“空気を読んで”有給消化できない、といったことがほとんどありません。」

裏を返せば、ドイツにおける仕事の評価は、仕事時間や態度ではなく、どのようなパフォーマンスをおこなったか、どのような結果を残したか、というような実力主義ともとれる評価基準であることが少なくないと、遠藤さんは強調する。

仕事時間中に何をするかは自身の裁量に委ねられることが多く、例えば朝の職場風景などを見ると、日本のように全員が集まっての朝礼などの文化は見当たらず、朝ご飯を食べたり、同僚と談笑したりと様々なようだ。

「私の同僚は、17時きっかりには帰ります。むしろ16時に帰る者もいれば、金曜日は全く来ない、というドイツ人もいます。怠けているわけではなく、その代わりにしっかり成果を出しているのです。」

特に、ドイツに拠点を構える日系企業の中でも、遠藤さんの部署にはドイツ人が多く、日本人は遠藤さんを含め二人しかいない。その二人も現地採用組で、本社から送られてきた日本人駐在員の数を極力減らそうというのが遠藤さんの会社のスタンスである。そういった会社の中では、日本人的な意識が残るというよりは、むしろ現地の仕事文化を適用させてハイブリッド化を進めていくようなケースが少なくないのだ。

ドイツでの仕事を振り返って

ドイツに住んですでに三年が経とうとしている。最後に遠藤さんは、日本と比較したドイツでの仕事を振り返り、このように語る。

「もちろん、いいところばかりではないです。福利厚生とか、家賃や交通費の補助とか、実を言えば日本にいたときのほうが手厚かった部分もたくさんある。嫌なこともたくさんありましたり、日本に帰りたいと思ったことも両手では数えきれないくらいあります。それでも、折角日本の仕事を辞めてこっちに来たのだから、最低でも三年は働いてみたいという気持ちは強くありました。そんなこんなで三年経過しましたが、まだまだ日本に帰るには早いかな、という印象です。」

遠藤さんの週末の趣味は散歩。ものの十数分も歩くと美しい自然が広がる

「仕事に限ってみると、日本にいたときより自分の責任の範囲がぐっと増えましたね。一から十まで自分で決められる、ということが非常に多い。もちろん日系企業で働く以上、報連相は逐次行っていかなくちゃいけませんが。やりがいといった面では、日本にいたときよりハラハラする仕事が増えたようですね。」

ドイツに関わらず、海外就職には、遠藤さんのように必ず困難がつきものである。そうしたハードルを一つ一つ乗り越えていくことで、心身ともに現地の文化を知る本当の意味での「グローバル人材」が育つのではないだろうか。

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