ドイツの残業事情:なぜ労働天国のはずのドイツでサビ残が行われているのか?

2021-03-23 | タグ: ,

17時には帰宅し家族との時間を大切にする、取引先との飲み会もゴルフもない、金曜日には15時に帰れる、等々。労働者天国と名高いドイツの労働環境で、政府も国民の私生活の充実を図るため、ことさら残業や過剰労働といった働き方には目を光らせています。それでいて、国民の一人当たりGDPは日本を大きく上回り、生活物価の指標も安定しています(参考コラム:ドイツの有給休暇とワークライフバランス

隣の芝は青く見えるものですが、さて、こうした夢のようなドイツの労働環境は、事実なのでしょうか?今回のコラムでは、ドイツの残業事情について実情を述べていきたいと思います。

ドイツ人と残業

ドイツ語で残業は「Überstunden」と言い、一般的には労働者と雇用者とであらかじめ締結した、雇用契約書で定められた所定の労働時間を上回る労働を行った際に発生する過剰労働時間のことを指し示します。

噂ベースでは良いところばかりが喧伝されがちなドイツの労働環境、あたかも楽園のような聞こえがしますが、実情として、労働者人口のうちの実に半数が「残業」を行い、そのうちの半分が「サビ残」、つまり残業代の発生しない残業を行っている、という統計データが見受けられます。

(Quotation: So viele Überstunden leisten die Deutschen)

※ただし、残業時間は日本と大きく異なります。日本の平均残業時間は月24.9時間=年300時間程度であるのに対し、ドイツの場合平均残業時間は年間で50~60時間程度となっている点に注意しなくてはいけない。

実にドイツ人の半数が常態的に残業を行っているというデータは、ドイツ文化に詳しい日本人にとって驚きの目をもって見られるかも知れません。というのも、彼らは残業や効率的な労働といった部分に特に厳しい目を光らせているからで、残業などしようものなら「こいつは時間内に仕事が終わらない、不効率な奴だ」と見なされても不思議ではないからです。

残業に対するドイツの法的規則

概して、ドイツでは残業や労働時間に対して、どのような法規制がなされているのでしょうか?ドイツの労働基準法を紐解くと、以下のような文言が見受けられます。

Die werktägliche Arbeitszeit der Arbeitnehmer darf acht Stunden nicht überschreiten. Sie kann auf bis zu zehn Stunden nur verlängert werden, wenn innerhalb von sechs Kalendermonaten oder innerhalb von 24 Wochen im Durchschnitt acht Stunden werktäglich nicht überschritten werden
(ドイツ労働基準法 §3 ArbZG)

(日本語訳:1日の労働時間は原則8時間を上回ってはいけない。ただし、10時間までは例外的に「延残業」してもよいが、その場合その後の24週間(または半年)の労働時間の平均値が8時間を下回るように調整しなくてはいけない)

基本的には、ドイツの労働社会は「契約書社会」です。すなわち、契約書に書かれている文言が優先され、残業や労働時間に対する取り決めも、労働法の枠組みを逸脱しない限りでは、契約書が遵守されます。

また契約書に記載されていない場合、残業を上司や会社が労働者に対し強制することも、一部の例外を除いてできません(一部の例外:例えば緊急事態、パンデミックによる看護婦や医療従事者への残業指示等)。労働者側には、契約書に定められていない労働時間などの取り決めに従う義務はなく、これを拒否することが可能です。

残業代に関しても同様で、上司や会社の指示に基づかない残業に対して、一般的に会社側は残業代を支払う義務を負いません。但し、深夜労働など一部の例外を除きますし、合法的または契約書を遵守して行われた残業に対しては給与が支払われなければなりません。

このように、法的な取り決めだけを一読すると、おおよそ理に適ったもののように聞こえてきます。要するに、人間の最低限度の生活を守るうえでの法的な枠組みが定められ、後は個々の契約書の文言や緊急事態などの際の別個の取り決めに従いましょう、ということです。ただし、これはあくまで建前上のものであり、実情では日本同様、あまりこうした取り決めが真面目に遵守されていない会社も見受けられます。

残業に対するドイツ社会の実情

そもそも通念上、ドイツ企業・従業員の始業時間、残業時間に関する態度はあまり厳格とはいえません。

工場やカスタマーサービスのように、定時きっかりに施設を運営したり、ラインを稼働させたり、といった場合にはそれに従う必要がありますが、営業部、マーケティング部、製品開発部等の場合であれば、上述のように「月に40時間(37.5~38.5時間であることも)」の枠組みの中で、割と自由に出退勤の時間を決め、それを特段に管理する機能システムは無いという実情です。

特に、1000人以下の中小企業であれば「昼飯のついでに床屋に行ってきた」「妻が階段から落ちてケガをしたので今日は早めに帰る」「夕方から旅行にでかけるので1時間早めに仕事上がる」という、日本人の持つドイツ人の厳格なイメージとは裏腹に、ズボラな勤務態度が散見されます。

こうした雑な態度は残業に際しても然りで、30分~1時間くらいの残業くらいでは、いちいち会社に残業代や代休を申請することをほとんどの社員が行いません。「パンフ作成の締めが近いから、昨日は夜中の1時まで働いたわ」「オーストラリアとミーティングするために夜中の2時まで起きてたよ」「イタリアから客が来てたから、夜まで接待してたわ。あいつらよく飲むわ」こうした声はよく聞こえます。

これらが常態化してくると別ですが、普段自由に出退勤を行っている手前、わざわざちょっとした残業に対し申請を行うのも馬鹿らしい、と思っている社員が多いように思われます。また、ドイツの会社は労働法を遵守するとはいえ、当然人事部も人間ではあるので、こまごまと残業申請をしてくる労働者を、当然面白くは思いません。

したがって、自ずとドイツの労働法で取り決められた残業システムは次第に形骸化し、個々の社員の「働く気分」に応じてバランスが保たれているのです。

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