アメリカの経営学者、アベグレン氏はその著書「The Japanese factory」の中で日本型の終身雇用システムを年功序列と並び、日本に特有のユニークな企業文化として紹介しました。さて、その著書の出版から半世紀、2020年現在「終身雇用」を謳う企業の数は全体の半分程度にまで落ち込み、日本の総中流文化を支え続けた終身雇用神話に暗雲が立ち込めています。

一方で、フレキシブルな人材の流れは企業の活性化につながるという側面から、終身雇用や長期雇用を避け、欧米型の転職文化に切り替えるべきだ、という声も一定数上がっています。

人事システムは、その企業の根付く国の歴史・文化に密接に関わっており、単純に欧米文化をコピーすることで成功するわけではありません。今回の記事では、日本でもファンの多いドイツ式の人事・採用システムについて解説をしていきたいと思います。

ドイツの経営システムの概要について

ドイツの採用文化に触れる前に、ドイツ社会全体の構図についての解説を行いたいと思います。その国の採用システム、人事制度はその国の社会文化を踏襲しているケースが多く、まずドイツ人の経営の在り方について理解を深めると、なぜドイツ人がそのような採用システムを使用しているのかイメージがしやすいでしょう。

転職ペンギン

ワークライフバランスや仕事の効率化など、ドイツを見習うべき点は多そうだけどね

フェリ

日本のメディアなどでは欧米風の採用方法を日本にも取り入れようとする動きがあるけど、人事システムは社会の土壌に深く根付いているものなので、そのシステムだけを切り取って移植はできないわ。まずはどうしてそのような文化が可能となっているのかを理解しないと

中長期的な経営システム

人事マネジメントの世界では、日本を長期的経営の例の極端な例として、アメリカを短期的な経営方針の極端な例としてそれぞれ取り上げることがあり、ドイツの経営システムはそのちょうど中間辺りに位置していると言われています。

企業の存続理由や企業理念に目を向けると、その国の経営システムがおぼろげながら浮かんでくるのではないでしょうか。

日本の場合、元々「企業を長らく存続させること」に心血を注いだ経営システムとなっており、世界に4,000社あると言われている創立200年以上の「長寿企業」の7割(非上場含む)を日本の企業が占めています。経営の長期的な安定を心がけた低リスク志向の経営方針により、日本独自の「持合株制度」「自社株制度」などが誕生し、外部の株主は企業の政策に関与できないシステムが構築されてきました。

アメリカに目を向けるとどうでしょうか。アメリカ型企業の至上命題は「利益を出すこと」で、会社の持ち主は社長ではなく「物言う株主」です。そのため、短期的に株主の納得のいく利益を出せない社長はすぐに解雇され、必然的に「短期的な利益を追い求める」企業スタイルをとりがちです。

さてドイツはというと、この両極端な日本とアメリカと文化の中庸に位置していると言われており、経営方針は「中長期的」です。ドイツの企業文化の中でも当然株主の意向は反映されるものですが、一方で企業を長期的に存続させる術にも長けており、世界の長寿企業ランキングでは日本に次いで二位の座を占めています。

また、Mieleのような大企業であっても株主の意向を嫌って上場しない企業もあり、特に世界のニッチな分野で覇権を握るドイツの中小企業の多くは未上場で、家族経営的な強みを持っています。

転職ペンギン

アメリカみたいに超利益主義的、っていうわけでもないんだね

フェリOK

もちろん企業によるけどね。Hidden championと呼ばれる中小企業の勝ち組がドイツに多いのも、中長期的な経営が可能になっているからだと言われているわ。詳細は「【ドイツの大手企業vs中小企業】日本人の転職でおススメなのはどちら?」の記事を参照してね

個人主義的意思決定プロセス

ドイツの意思決定プロセスは合理的な「個人主義的」システムに基づいて行われます。基本的に、各々の組織や部門長には決定権が与えられており、その分野の決定事項はその長の責任によって迅速に決定がなされます。仮に、AさんとBさんとで決定に際して意見の相違が現れた場合、双方の議論によって決定がなされます。

対して、日本の決定プロセスは「コンセンサス重視」で、社内の賛成票を多く集めるための「稟議」「根回し」といった特有の政治活動が必要になってきます。このことは、賛成に関わった人全体のモチベーションを向上させるというメリットがある一方で、意思決定に都度時間がかかるというデメリットを持ちます。

スペシャリスト育成型社会システム

ドイツの社会全体の構図として、「ジェネラリスト」ではなく「スペシャリスト」の育成を軸にしていることが言えます。大学で広く勉強を行い、大学院でより専門性を深め、インターンシップを通じて実績を身に着け、実際の仕事でその専門性を活かす、といった流れで、就職・転職に際しても基本的に同じ専門性を引き継ぎます。

このことは、日本の「ジェネラリスト型」の社会システムと対比すると違いがよくわかるのではないでしょうか。日本の場合、企業はまず新卒で人を雇い、社内で適性をみて赴任地を命じたり、配置換えを行ったりします。日本の場合、一つの物事を専門的に見る、というよりも、様々な角度から見て社内で情報を共有する、というプロセスが重要なためです。

このことは、先ほどの項で説明した「個人主義的な意思決定」か「コンセンサス的な意思決定か」が密接に関わっています。日本のように、一人で物事を決定できず組織の賛成票を必要とする形態の場合、どうしても多角的に物事をとらえる目線が必要となり、ジョブローテーションを通じて様々な職種の人の考えを理解しなくてはいけません。

結果主義的社会構造

高校の卒業試験、大学や大学院の試験、仕事のパフォーマンスに至るまで、ドイツ文化は合理的な「結果主義的立場」を貫いています。例えば、日本の場合大学の成績には「出席点」「レポート点」「発言によるボーナス点」なども加味されますが、ドイツでは徹頭徹尾「試験の結果」のみでの採点となり、途中でどのようなプロセスを経たかどうかは重視されません。

このことは、社会に出てからも同じで、仕事のパフォーマンスも基本的には「仕事のでき」で評価されます。よく、ドイツ人は残業なく帰れる、と言われていますが、実際に残業なく帰れているのは自身の仕事の目標を達成している人で、こうした人は定時にあがろうが問題ありません。企業側からしてみたら、何時間働いたかというプロセスではなく、どんな結果が出ているのかという結果に興味があるので、逆に何時間残業しようとも結果が出ていない社員はクビを切られやすくなります。

契約書文化

日本では口頭で済まされることも、ドイツにあっては「契約書での証明」が求められる場面が少なくありません。就職の際の応募書類一つとっても、前職の成績証明や語学の証明書、大学の卒業証明や成績証明書が求められ、逐一準備に時間を要します。

日本のような「口頭による曖昧な」事項決定を避け、明文化することで以降のトラブルに備える、というのがコンセプトとなっています。一方で、企業側が少し配置転換をしたり、明文化されていない仕事を頼んだ際に断られるなど、ドイツ人が「融通が利かない」と言われる原因にもなっています。

アメリカ ドイツ 日本
経営方針 短期 中長期 長期
意思決定プロセス 上意下達 上意下達 コンセンサス重視
評価基準 結果 結果 プロセス
約束に関して 契約書文化 契約書文化 人文化

 

ドイツの採用文化

さて、以上のドイツの社会的構造・文化を踏まえ、具体的なドイツの採用方法・採用文化を解説していきたいと思います。

即戦力・過去の実績を求める

採用の際にドイツの人事部が最も目を光らせるのは、応募者の過去の実績です。日本のように長期的・終身雇用的な文化であれば「将来長く会社に残して育てる」ということができるため、ポテンシャルを重視した採用システムがとれますが、中長期目線のドイツ人にとっては、採用して即結果を残してもらわないといけないため、おのずと即戦力人材かどうかに目が向きます。

事実、求人市場に転がっている案件のほとんどは中途採用者をターゲットにした求人で、新卒者は実績ゼロのマイナス点を抱えたまま転職市場内のベテランたちと一つのポジションを奪い合わなくてはいけません。

とりわけ実績については、以下のようなポイントが人事部によって注視されます。

  • 過去に同一職種で実績があるか(できれば3年以上)
  • 具体的にどのような成果を残したのか
  • 過去の職歴がないのであれば、インターンシップ歴があるかどうか

スペシャリスト主義

上述の通り、ドイツ社会は徹頭徹尾「スペシャリスト型」で、将来的な同一職種への転職を前提としているため、日本のように同一企業に長くとどまることを前提とした「ジェネラリスト型」の人材はあまり歓迎されません。

大学-大学院-インターン先-就職先、と各々のライフステージで一貫性を持った専門を求められ、それにそぐわない場合は転職市場で不利に働くことは否めません。人事担当者は、以下のような点に注目します。

  • 過去に同一職種で実績があるか(できれば3年以上)
  • 大学・大学院で同じ専攻を履修しているか
  • その際の成績は悪くないか(最低でもGPA2.5以上)
  • 学部卒か、修士卒か、博士課程卒か

学歴主義

同じく、スペシャリスト型の文化を反映し、大学の学位や成績も日本より大きな比重で企業からチェックされがちです。日本のようにレポートを提出すれば単位のもらえる大学システムと異なり、結果主義的で、一週間平均で40時間の勉強を余儀なくされるドイツの大学制度にあって、そこで何を学びどんな成績を残したかは、ドイツの人事部にとっても将来を占う試金石になります。

また、学部卒業者の4割強は、学部で勉強した内容を深化させて勉強するために修士課程に進学します。こうした部分が将来給与テーブルに反映されてくるのも、ドイツが学歴主義的と言われる所以です。

具体的には、以下のようなポイントが人事からの評価の対象になります。

  • 大学・大学院の専攻と応募職種に一貫性はあるか
  • 大学・大学院の成績は悪くないか(最低でもGPA2.5以上)
  • 学部卒か、修士卒か、博士課程卒か
  • 大学で極端に長く留年などしていないか

契約書主義

昇給、有給、退職通知から自身の職能範囲に至るまで、仕事の決め事などに関しては、個々の契約書締結をもって定められます。特に、クビに直結する解雇通知の時期に関しては労働契約書にシビアに盛り込まれており、契約書通りに必ずしもことが進まず、雰囲気や口頭での約束事を重視する日本文化とは異なるところです。

  • 給与等決め事は契約書の締結をもって効力を発揮する
  • 同じく、内定の正式な通知は契約書の締結をもって初めて有効
  • その後の仕事の範囲なども契約書に従う

まとめ

さて最後に、これらドイツの人事・採用文化を日本、アメリカと比較してみましょう。

アメリカ ドイツ 日本
採用基準 実績主義 実績主義 ポテンシャル採用
キャリア形成 スペシャリスト型 スペシャリスト型 ジェネラリスト型
勤続年数 5年前後 10年前後 10~15年
学歴 学位・大学の成績 学位・大学の成績 大学名
転職 短期 中長期 長期・終身雇用
平均給与 65,836$ 53,638$ 38,617$
失業率 8.5% 5.4% 4.8%
メインの採用 中途採用 中途採用 新卒採用

(OECDデータResearchgate等を元に作成)

表を見てわかる通り、それぞれの国の人事システムには良い点と悪い点があります。アメリカ型の短期・利益重視システムは給与アップには向いていますが、仕事の安定性という点ではマイナスで、高い失業率を持ちます。

対して、日本的な長期的経営方針の場合、給与はOECD各国に水をあけられていますが、一億総中流と言われる安定的な内需の獲得と低い失業率の実現に貢献しています。

その中間に位置するドイツは、勤続年数、給与水準、失業率がちょうど日本とアメリカの中間程度です。